太宰治

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芥川龍之介に傾倒した人生

太宰治さんは、青森県津軽出身の本名を津島修治という有名小説家です。家には30人にも使用人がいる資産家の裕福な育ちで、幼いころから女性に弱く、また甘えて依存する傾向がありました。

 

16歳から小説やエッセーを書き始めて、クラスメートと共に同人雑誌をつくるようになりました。

 

そのころより芥川龍之介さんに深く傾倒していきます。しかし、自身が18歳のときに芥川龍之介さんが自殺したニュースに触れ、学校をやめてしまうほどに、太宰さんは大きなショックを受けます。

 

やがて、お金には苦労していなかったことから、花柳界に入り浸るようになり、女性との恋愛にはまるようになります。

 

太宰治さんが芥川龍之介さんに傾倒した様子は、現在に残る資料でもよくわかります。

 

「地鉱 津島修治」と書かれたノートには、芥川さんとおぼしき人物の顔の落書きや、芥川さんの名前と並べた自身のペンネーム案が書かれており、また「芥川龍之介」と名前を何度も書き連ねており、傾倒していた様子がよく分かります。

 

さらに、芥川さんの顎に手を添えた有名な写真のポーズをまねた写真が、3枚も残されていました。

 

芥川さんの名前の付いた『芥川賞』には特に固執しており、太宰さんは第一回芥川賞の候補者に入りますが、次席で落選してしまいます。
その後も審査員に何度も新作や懇願の手紙を送りましたが、とうとう受賞することはありませんでした。

 

また、当時の文壇の大御所である志賀直哉さんとの『如是我聞』における論争の際にも、太宰さんは芥川さんの名前をだし、「お前は芥川の苦悩が全く分かっていない」と罵倒しました。

 

人生の終わり方にまでも、「作家はこのようにして死ぬのが本当だ」と、芥川龍之介さんの模倣がみられました。

 

太宰が愛した女性たち

 

小山初代

太宰さんが20歳のころ、青森の料亭で15歳の芸妓の小山初代さんと知り合い深い仲になりました。

 

急激に左翼思想に傾斜した太宰さんは資産家の子という自己の出身階級に悩み、下宿で睡眠薬(カルモチン)による自殺を図り昏睡状態に陥りました。

 

お互いに生き残ったあと彼女とは結婚しますが、のちに彼女の浮気が発覚し太宰さんが28歳のときに再び二人で谷川岳山麓の水上温泉でカルモチン自殺をしますが、未遂に終わり、離婚します。

 

田部あつみ(田部シメ子)

21歳ごろカフェに女給として勤める、人妻である田部あつみさんと出会い、鎌倉・腰越の海にて入水自殺を図ります。
しかし、だがあつみさんだけ死亡し太宰は生き残ります。

 

太宰さんの兄があつみさんの家族にお詫びを入れる一方で、一命を取り留めた太宰さんは青森に連れ戻されて碇ヶ関温泉で小山初代と仮祝言をあげます。

 

石原美知子

小山初代さんと離婚後、太宰さんの薬物依存があまりに深刻な為に30歳のころに高校教師の彼女を紹介されて結婚します。

 

彼女との生活のおかげで、すさんだ生活から幾分落ち着きを取り戻した生活になったといいます。

 

太田静子

38歳のころ、太宰さんに文章の指導を受けていたことで出会い、愛人となります。
彼女をモデルに書いた『斜陽』を書き上げ、太田さんとの間に娘が生まれます。

 

山崎富栄

38~39歳のころ、三鷹駅前のうどん屋台で、戦争未亡人の山崎富栄さんと出会ます。

 

作品が評価される一方で、太宰さんは過労と乱酒で病が悪化したことで妻と子どもに遺書とおもちゃを残して心中を試みます。

 

山崎さんと身体を帯で結び自宅近くの玉川上水に入水し、二人とも亡くなりました。

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